(2018.2.6更新)
今回は日本を代表するシンガーソングライター
中島みゆきの名曲を紹介していきます!!
中島みゆきの名曲ランキング
5位 ホームにて
中島みゆきの3作目のオリジナルアルバムとして1977年6月25日に発売された「あ・り・が・と・う」に収録されています。
同年9月10日に発売された5作目のシングル「わかれうた」のB面としてリカットされています。
たまに全部、なにもかも投げ捨ててふるさとへ帰りたくなったりしますよね。
両親や兄弟、親戚や同級生などの顔を見たくなります。
あの頃は楽しかったねって思い出話しながらお酒でも飲んだり。
でも、今いる場所でやらなければいけないことがあります。
優しい声の駅長さんが
「次が最終だよー!急いで乗ってねー!」
と優しい声で叫んでいます。
今、肩の荷を全部下ろして走ればその汽車に間に合う。
もういっそそうしてしまおうか。
街に、街に挨拶を
そして振り向けば、ドアはもう閉まっていました。
その汽車に乗ることが出来ず、見送ります。
窓の中にはふるさとへ帰っていくであろう人たちの嬉しそうな笑顔。
そんなことをもう何度も繰り返していて、ふるさと行きの乗車券が溜まっています。
美しい表現だと思いませんか。
4位 タクシードライバー
中島みゆきの5作目のオリジナルアルバムとして1979年3月21日に発馬された「親愛なる者へ」に収録されています。
苦労人のタクシードライバーは、泣いている女性に気の利いたセリフなど言えず、天気予報が外れた話と野球の話ばかり繰り返すのです。
例えば傷心のあなたがタクシーに乗って
車内のラジオからは元恋人との思い出の曲が流れていて
「いやぁ、今年も日本シリーズが終わったね。一戦一戦凄まじい試合だったね。工藤監督が1番に柳田を起用したのは正解だったよなぁ。ベイスターズは初回に点とられまくりだったもんなぁ。あとは内川にやられたな。最終戦の9回裏、内川のホームランがあるまで俺はベイスターズがこのまま連勝して逆転優勝するんじゃないかって思っちゃったよ。ノムさんも言ってたけどあいつはプロ野球始まって以来の好打者だよ。右であんな打てるやつ他にはいないねぇ。まぁおじさん巨人ファンなんだけどね。高橋監督には来年頑張ってもらわんとなぁ。村田の戦力外はショックだったよ。2000本安打まであと少しってところだったのにさ」
なんて話を聞かされるわけですよ。
正直なところいや、知らねーよって話じゃないですか。
でもこれはおじさんなりの不器用な優しさなんですよ。
そして女性もこの優しさに気づいてるんですよ。
これって美しい情景だと思うんですよね。
染みるんです。
3位 糸
中島みゆきの35枚目のシングル曲として1998年2月4日に発売されました。
「命の別名 / 糸」の両A面シングル仕様。
両曲とも、ドラマ「聖者の行進」に起用されています。
「糸」はもともと、天理教の現真柱である中山善司の結婚を祝して1992年に作られた曲でした。
のちに、中島みゆきの通算20作目となるオリジナルアルバムの「EAST ASIA」を締めくくるナンバーとして同年10月に公式に発表されました。
2004年にMr.Childrenの桜井和寿とプロデューサーの小林武史が結成したチャリティープロジェクトのBank Bandのカバーアルバム「沿志奏逢」にカバー曲として収録され、翌年の三井住友のCM曲として起用され知名度が一気に上がりました。
現在、この曲は世代を超えて多くのアーティストにカバーをされており、その結果老若男女幅広い層から支持を集めています。
カラオケ人気曲としてもずっと上位。
この曲を聴いたことがないって人もそうそういないんじゃないでしょうか。
例えば、SMAPで言う「世界に一つだけの花」や、坂本九の「上を向いて歩こう」みたいな、みんな知ってて当たり前みたいなポジションになってる曲。
そうなってること自体がすごいことで、なによりも素晴らしいですよね。
誰が聞いても素敵だと思える名曲。
2位 ファイト!
中島みゆきの31枚目のシングル曲として1994年5月14日に発売されました。
「空と君のあいだに / ファイト!」両A面シングルとしてリリースされました。
「空と君のあいだに」が高視聴率を記録したドラマ「家なき子」の主題歌だったこともあり、自身2度目のミリオンセラー、そして中島みゆき最大のヒットシングルとなっています。
もともと「ファイト!」は1983年に発売されたアルバム「予感」の収録曲でしたが、住友生命「ウィニングライフ」CMソングとして起用されたためシングルカットされました。
近年では満島ひかりがカロリーメイトのCMで歌っていて若い人からの知名度もある曲となっていますよね。
他にも吉田拓郎、福山雅治、槇原敬之、大竹しのぶ、高橋優、竹原ピストルなど、多くの著名人やアーティストがこの曲をリスペクトし、カバーしています。
この曲が誕生した由来ですが
1982年に中島みゆきが担当していたラジオ、オールナイトニッポンに投稿されたペンネーム”私だって高校行きたかった”という当時17歳のOLからのハガキが由来しています。
以下引用
みゆきさん、こんばんは。毎日たのしく聴いています。
わたしは中学をでてすぐに働いて2年になる17歳のおんなのこです。
この間、わたしの勤めている店で、 店の人がわたしのことを「あの子は中卒だから事務はまかせられない」と言っていたのを聞いてしまいました。
わたしくやしかった。くやしくてくやしくて泣きたかった。
中卒のどこが悪いと言いたかった。 わたしだって高校行きたかった。 だけど家のこと考えたら、私立に行くなんて言えなかったし、高校に入る自信もなかった 。 なのにこんなふうに言われるなんてヒドイ。
ごめんなさい、愚痴を書いてしまって。 またお便りします。
ペンネーム「わたしだって高校行きたかった。」
そしてこのハガキを読んだ中島みゆきのコメントがこちらです。
高校へ行きたかったあなた、女の子です。
あたしはあんた本人じゃないから、自分の基準でしかものを言えないけどね。
えらそうなことを言っちゃえば、どういうところと通ってきたかっていうことよりもね、 そこで何をあんたが吸収してきたかっていうことだと思うわけよね。理想論かもしんないけど。
でも周り中のすべての人間にあなたの良さを分かってもらおうというのは無理なことだけど、分かってくれる人もどこかに一人はいるかもしれないとかね、誰かに分かってもらおうとするとか、そういう風に思うことだって素敵なことじゃないだろうか。
ファイト!
このラジオが放送されたのが、1982年5月4日
翌年の1983年3月5日に発売されるアルバム「予感」にこの名曲「ファイト!」が収録されることとなります。
1位 誕生
中島みゆきの27枚目のシングル曲として1992年3月4日に発売されました。
中島みゆきの作品としては初の両A面シングルとなった「誕生 / Maybe」としてリリース。
映画「奇跡の山 さよなら、名犬平治」の主題歌として書き下ろされた楽曲です。
あなたは忘れてしましまったかもしれないけど、生まれてくる時は誰でも”ようこそ””生まれてきてくれてありがとう”と言ってもらったんだよ。
どうしてもあなたが思い出せないなら、いつでも私が言うよ。
ようこそ。生まれてきてくれてありがとう。
といった内容の歌詞です。
すべての命に語りかけるような、慈愛に満ちた優しい曲です。
「泣きながら生まれる子供のように
もいちど生きるため 泣いてきたのね」
この歌詞に僕は心を打たれました。
生まれてきたばかりの赤子は呼吸をするために泣く。
それと同じように、僕らが泣くのも必死に生きようとしている証拠なんだって思ったんです。
僕は「EAST ASIA」という中島みゆきのアルバムでこの曲に出会いました。
駅のホームで電車を待ってる間この曲がイヤホンから流れて、感動してベンチから立ち上がれなくて電車を1本見送りました。
凄まじい威力です。
後年の2004年6月30日には水曜プレミア特別企画「つぐない」の主題歌としても起用されています。
名曲は歌い継がれる
中島みゆきの名曲は、ファンだけが知っているくらいの知名度のものも多いですが「糸」や「ファイト!」のようにアーティストのカバーによってまた知名度があがり、多くの人に親しまれていくことになることが今後もたくさんあるんじゃないかと思います。
カバーが人気になるとオリジナルのファンは非難しがちだけど、僕はその歌い継がれていくという流れこそ名曲の本質だと思うんですよね。
例えば「糸」だってEXILEのATSUSHIやクリス・ハートがカバーしたら一気に10代や20代の若い世代にも知られる曲になったし、そしてそれを聴いた子たちが大人になった時にまた下の世代に歌い継いでいくわけでしょ?それってとても素敵じゃない?
もちろん好みは別れると思うけど!
でもみんなが中島みゆきの真似したらつまらない!
どうアウトプットされるかが本質なわけじゃん!
今後も中島みゆきの名曲が歌い継がれていることを望んでおります。
以上、中島みゆきの名曲ランキングでした。
最後まで見てくれてありがとうございました。
びとうくん(@bitoukun_hatena)でした。
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